OLDIES 三丁目のブログ

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美化される?昭和30年代

 朝日新聞4月18日文化面に、
美化される昭和30年代
若者よ 罠に落ちるな

というコラムが掲載された。編集委員・四ノ原恒憲という署名がある。
 
「でもね、確かにその時代を生きたものとしては、「礼賛」の大合唱に対し、どうも違和感を禁じ得ない。何か、嫌なものの多くをどこかに押し込めた「漂白した記憶」のような気がして。」
 
と前文にあります。
 アニメ版『三丁目の夕日』を応援しよう会
   http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060503
と銘打って昭和30年代を大いに礼賛している私としては、見逃せない記事です。
 この記事、ネットには掲載されていないようなので、以下、重要点を引用しながら感想を書いていきます。
 
 筆者は「ALWAYS 三丁目の夕日」に、ある種のリアリティーの希薄さを感じ、山口文憲の文章を紹介している。
 
「そんな映画やテーマパークは、「少しずつウソをついている」と書いている。一つには、匂い。水洗化など夢の時代の街や家に漂っていた糞尿の匂いとそれを打ち消すための芳香剤、さらに炭火、練炭などの匂いが入り交じったものだ」
 
 この文章はテーマパークについて批判したものだから、匂いについて書いているのでしょう。まさか映画「ALWAYS 三丁目の夕日」で匂いまで再現できるものではありません。
 私の子供の頃住んでいた家は、汲み取り式でした。ある夏など、虫が発生して壁にたくさんはりついていました。母は虫の発生をおさえるために薬を便器の中に入れていました。
 汲み取り式便所の匂いを外に逃がすための装置というのがあり、横丁を歩くと、そんな煙突がたくさん立っていました。
(この装置は大概押し売りで売られているので、押し売りはこの煙突が立っている家を、押し売りしやすい家の目安にしていたそうです。)
 毎月1回、バキュームカーが溜まった糞尿を持って行ってくれました。今、バキュームカーといっても知らない子がいるのでは?今から汲み取り式便所の生活に戻れと言われても大変です。
 
 筆者は、子供の顔つきも違う、と指摘する。当時の子供の多くは
「明るくたくましいが、決して清潔でもなく、どこか貧相だった」
と指摘する。
 
 確かに食事事情の変化により、今の子は昔と比べて、顔もほっそりとなり、足も長くなっているでしょう。日本人の体格が戦後わずかの間に大きく変わったということで、これは仕方ないことでしょう。
 
 筆者は文芸春秋の特集(当エントリー末尾に紹介)の中で水木楊が挙げたデータを紹介。
 
「産業構造でいえば、現在のパキスタンとほぼ同じ農業国。そして「いまの日本は『格差社会』で貧乏感が蔓延しているが、あの頃は貧乏そのもの」と。」
「そんな時代が、映画への「あの時代に生きた人々の『一生懸命』に恥じない生き方をしたい」とか、文春の特集の惹句「50年前、この国には希望があった」など、あこがれの大合唱を浴びるのか。(略)
 けど、「一生懸命」や「希望があった」というのは、今、それがないからということでしょう。」
  
 今の「格差社会」と当時の「貧しかった」社会との比較は興味深い。
 続いて説明もあるように、当時は高度成長の助走時代。懸命に働けば収入が増え、家電製品は手に入り、「近代化」される可能性に満ち満ちていた。
 
「確かに「輝く夢」はあったが、どだい今とスタートが違う。」
  
 私は昭和30年代には生まれていないので断言はできませんが、この件に関しては異議を唱えたいと思います。
“どだい今とスタートが違う”からこそ、昭和30年代の「貧しかった(が豊かになる希望が持てた)社会」の方が今の「格差社会になりつつある社会」よりははるかに良かったのではないでしょうか。
  
 以前、以下のエントリーで軽く触れたことがあります。
■[学問]のび太くんはいつ成長するのか
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20041003/p1

 このマンガに出てくる多くの登場人物は、貧しいながらもつつましく精一杯生きており、成長し、就職して恋をして結婚して次の世代にバトンタッチしていきます。
 ヒトの成長を仮想体験できるのです。

 主人公的な鈴木一平くんのお父さんは、独立して鈴木オートを立ち上げ、軌道に乗せていきます。そこに中卒の集団就職で来た六さんも、経験も知識もゼロの状態から一生懸命働いて、やがては鈴木オートになくてはならない存在になっていきます。
 これは一例ですが、他にも一生懸命働いて家族を築いていく人々が描かれています。
 コラムで指摘されているように、懸命に働けば生活は良くなっていくという希望があったのです。
 
 しかし、今の「格差社会」は違います。
 懸命に働いていても、いつリストラされるか分かりません。昇給は据え置き、下手すれば下がります。ボーナスも減る一方で、増えるのは税金と消費税。
 正社員はどんどんリストラされ、増えるのは身分が不安定な派遣労働ばかり。
 まじめに一生懸命働いていても、いつ不安定な身分に転落するか分からない不安定な時代です。
 
 このような時代、社会全体に、中卒で経線も知識もない六さんのような存在ををゼロから育てる余裕もなく、六さんのような存在はすぐに首を切られてしまうでしょう。
 独立起業ブームですが、一平君のお父さんのように独立して会社を作っても、大手が真似して参入してくれば、たちまち苦しくなってきます。
 もっとも、大手が参入できないニッチな部分を対象としての独立起業・週末起業ブームでしょうが。そういった特殊な分野以外では、独立しても苦しいでしょう
 
 このように見てくれば、確かに昭和30年代には貧しくても希望があります。
 良くなるという希望がなく、いくら努力して一生懸命働いても、良くて現状維持か少しずつジリ貧、悪くすれば職を失って転落。セーフティーネットは縮小の一方という、一寸先は闇という不安定な状況。格差社会への移行期ともいえる現代の労働・社会状況は、戦後日本で最低最悪の状況ともいえるでしょう。
 
「そんな時代の裏にある貧しさや混乱の「匂い」を漂白すれば、「希望」や「人情」だけ充満した、「美しい感情」が出現する。その時代が是とした「希望」や「一生懸命」の果てに、今の閉塞感がある。元に戻れるわけはない。若者よ、「美しい過去」の罠に易々と落ちてはいけない。」
 
 ここで「元に戻れるわけはない。」という一文が挿入されているのが分からない。前後の文とどうつながっていくのだろうか。
 この結論に対する反論は、すぐ上の段落で述べました。
 現代の労働・社会状況は戦後日本で最低最悪の状況ともいえ、そんな時代に昭和30年代を懐かしむのは当然とも思えます。
 また、この最後の段落で出てくる「人情」についていえば、現代は昭和30年代に比べて、はるかに人と人とのつながりは希薄になっています。近所づきあいの範囲も狭くなっているでしょう。やはり昭和30年代の方に有利な条件です。
 
 もちろん、昭和30年代にも、美化しきれない部分はあるでしょう。
 そういった悪い部分を覆い隠して見えないふりをしての「美化」はいけません。
 物事には光の部分と闇の部分があると言われます。
 昭和30年代にも光の部分だけではなく、闇の部分はあるでしょう。
 そういった闇の部分の指摘には公平に耳を傾け、知った上で、昭和30年代のいい面を見直していこう、という態度がいいと思います。
 忘れてしまったいいところを思い出すための昭和30年代ブームであってほしいと思います。(これは昭和30年代に限らず、戦前を始め、全ての時代についていえることでしょう。)
 
■[日々の哲学]吊り手水と昭和30年代
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20070422/p1
機械39 小足の徳島青春日記(85回)
  http://kikai39.seesaa.net/article/111609685.html
中年オヤジの出直し日記 美化される昭和30年代?
  http://blogs.yahoo.co.jp/take_pon_63/32166585.html
昭和33年と美しい国 布施克彦
  http://www.chikumashobo.co.jp/pr_chikuma/0701/070107.jsp
   ↑書いていることには同意します。残念なのは、引用文の範囲が分かりにくい点。
    文筆家なら引用部分がはっきり分かるように書いて頂きたい。

参考:文芸春秋2006年5月号
 完全保存版
われらの昭和30年 ――50年前、この国には希望があった
(上に紹介したコラムでも言及があります)
  
太陽の季節」と弟・裕次郎
この時代と寝ることのできた私は幸福だった
石原慎太郎
 
*東京タワー 桐生五郎
*正田美智子嬢 清水一郎
*“怪人”月光仮面 佐野眞一
*2DK団地 塩田丸男
*高級車クラウン 小林彰太郎
*ジェットコースター 川本三郎
*冷蔵庫と洗濯機 秋山ちえ子
*ヘップバーン・ファッション 芦田淳
*魚肉ソーセージ なぎら健壱
ヒロポン芸人 矢野誠一
*少年少女『世界名作全集』 中野翠
自民党誕生 松野頼三

1955 この国のかたち
立花少年十五歳、広辞苑発刊もこの年だった
立花隆
 
光子の窓」はテレビの窓
生放送と街頭テレビ。“電機紙芝居”のスタート
永六輔
 
ゴジラ 中島春雄
*都電少年 実相寺昭雄
*フラフープ 横川秀利
*一家にグロンサン 阿部牧郎
*貸本マンガ さいとう・たかを
*トリスバー 柳原良平
*天才少女トモ子ちゃん 松島トモ子
*赤線消ゆ 猪野健治
*映画『キクとイサム』 関川夏央
*女中さん 深田祐介
*農村「新生活運動」 出久根達郎

日本人が得たもの、失ったもの
「先進国」という坂の上の雲を追い続けた五十年
水木楊





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【アニメ版『三丁目の夕日』を応援しよう会 バックナンバー】
  
■[日々の冒険]『三丁目の夕日』再放送開始!(サンテレビ
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060406
■[日々の冒険]アニメ版『三丁目の夕日』を応援しよう会(1)
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060409
■[日々の冒険]アニメ版『三丁目の夕日』を応援しよう会(2)
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060412
■[日々の冒険]アニメ版『三丁目の夕日』を応援しよう会(3)
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060420
■[日々の冒険]アニメ版『三丁目の夕日』を応援しよう会(4)
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060428
■[日々の冒険]アニメ版『三丁目の夕日』を応援しよう会(5)
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060503
■[日々の哲学]美化される?昭和30年代
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20060507
■[学問]のび太くんはいつ成長するのか
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20041003/p2