OLDIES 三丁目のブログ

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いなか医者はあら皮に何を頼むか

◆◇【少年少女世界の名作文学ブログ・完全版】◇◆
第16回配本 いなか医者はあら皮に何を頼むか
 〜『ランジェ公爵夫人』原作のバルザックの作品
 
(メルマガ 少年少女世界の名作文学ブログ・速読み版 の完全版です。)
  http://nazede.gozaru.jp/mmm.html
 
 バルザック原作という『ランジェ公爵夫人』の映画が4月5日から公開中だとか。
   http://www.cetera.co.jp/Langeais/
  
 ランジェ公爵夫人
  
 それにちなんで、小学館の少年少女向け名作全集に収録されているバルザックの作品を読んでみました。
 
┏━━━━━━━━━━━━┓
┃◎ あら皮       ┃
┗━━━━━━━━━━━━┛
 貴族階級出身のラファエルは没落し、自殺を決意した。自殺決行の前に入った古物商で、何でも願いがかなうというあら皮を譲り受ける。
 確かに願いは何でもかなった。しかし願いがかなうごとにあら皮は縮んで行く。あら皮の魔力は、命と引き換えであった。縮んで全てがなくなった時には持ち主の命もなくなるのである。
 命がおしくなったラファエルは人間関係を絶ってひっそりと暮らそうとするが……。
 
 願い事が何でもかなうという秘宝についてのお話は、昔からあります。童話や寓話でも色々と書かれてきました。
 このメルマガでも『アラビアン・ナイト』の『アラジンのランプ』や
   http://nazede.gozaru.jp/mmm001.html
『ばらと指輪』 http://nazede.gozaru.jp/mmm009.html
『宝のひょうたん』 http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20061015
などを読んだことがあります。
 そういった物語は、めでたしめでたしで終わる物語もあり、残念ながらその魔力を使いこなすことができなかった……という物語もあります。
 
 以前ブログで、文学作品はハッピーエンドで終わることが少ない、ということを書いたことがあります。
 
■[名作文学]文学はハッピーエンドでは終わらない?
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20070423/p1
 こういった視点から結末に注目してみるのもいいでしょう。
 
 私が小学生の頃、小学校の図書館で借りた童話集の中で、今でも覚えているものがあります。
 あるところに親切な老夫婦がいて、最後に残ったパンを二人で分け合おうとしている時、お腹をすかせたという旅人が来て、分けてくれといいます。二人は旅人にパンの半分をやり、残りを二人で分け合います。
 実は旅人は魔法使いであり、二人に願い事が3回(1回か?)だけかなうという指輪を置いていきます。
 二人の老人はこの指輪を大切に保存しますが、結局使うことなしに天寿を全うする、というお話です。
  
 実は指輪は悪人に偽者とすりかえられていたのですが、そのことすら気付くことなく、指輪の魔力を使わないで終わってしまった。
 魔力を使わずに真っ当に生きた気高い心か、チャンスを生かすことなく宝の持ち腐れに終わった間抜けな心か。
 色々なことが考えられますが、ともかく私には折角の指輪の魔力を使うことなく、しかし偽者にすり替えられたことも気付くことなく終わってしまった、という結末が非常に印象に残って今でも覚えています。
(今思うと、私の人生も似たようなもののような気が。私のその後の人生を暗示するかのような物語です。)
 
 ともかくこういった願いがかなう魔法のツールというのはよく見られるテーマです。バルザックがそのテーマで書いた作品。
 
「これはおとなのための童話と呼ばれているもので、バルザックの作品としては珍しい作品です」
 と前書きで書かれています。
「原作は、たいへん長いものですが、みなさんの読みやすいようにちぢめ、やさしく書きなおしました。」
とも。
 
 今回読んだ后藤有一版を読めば、主人公のラファエルは、哲学と演劇の研究一筋に生きてきて失敗した真面目な青年、というイメージを持ったのですが、アマゾンでの原作紹介文には
「死んだ父のわずかな遺産で放蕩三昧に明け暮れた」
「裕福なロシア人女性フェドラとの恋も破れて絶望におちいり」
と書かれています。
 少年少女向け翻訳と原作の違いを知るのも名作文学の原作を読む時の楽しみでしょう。
 
 さて、何でこの魔法のあら皮がこの骨董屋に存在したのか。何で骨董屋の主人はラファエルにこのあら皮を無料で渡したのか。この骨董屋の主人の正体は何者か。あら皮がラファエルの手に入るプロセスがあらかじめ仕組まれていたかのようです。このあら皮や骨董屋について考えるのも面白いでしょう。
 
 あら皮に財産を願ったラファエルは、おじの遺産が手に入って大金持ちになります。そしてあら皮は確かに小さくなっているのでした。
 あら皮の魔力を知ったラファエルは大邸宅を買い、世間との付き合いを避けてその後の余生をひっそりと暮らす決心をします。
 結構堅実で地味な選択です。自殺を決意していたのに、財産が入れば命のことを第一に考え、交際も避けてひっそりと隠居するというのですから。
 
「ぼくは大散財をしたいのです。ぼくたちの貧しい仲間に、一生に一度しかないような大盤ふるまいがしてやりたいのです。」
 
と骨董屋の主人に言っていたはずなのに。
  
 しかし逃避願望・隠遁願望のある私には、この心理がよく分かります。私も多分同じ選択をするでしょう。
 この手の物語によくあるパターンとしては、派手な豪遊をしてすぐに破産する、というのがあります。例えば、芥川龍之介の『杜子春』などです。
 まあ引きこもり願望の強い私なら絶対にしない失敗でしょう。
……ということで、引きこもり隠遁生活を始めたラファエル。果たしてそれがうまくいったかどうか。
 非常に気になるところです。
 
……しかし文学作品のジンクスか、やはり色々あって結局はラファエルは生きながらえることはできませんでした。
 最後、ラファエルは一つの悟りを得ます。
 
「いかに大きな力を持っていようと、その力をたくみに使いこなす知恵がなければ、けっきょく、その力を持てあまし、身を滅ぼすだけのことだ」
 
“いかに大きな力”が何なのか、これは色々なことに当てはまりそうなことです。能力や財産は言うに及ばず、科学技術や権力まで。
 
 ラファエルは“大きな力”を使いこなすことはできませんでした。もしこの“大きな力”を“たくみに使いこなす知恵”を持っていたとしたら、どう活用するのでしょうか。果たして有効に使いこなすことができるのでしょうか。
 
 例えば、一度だけ財産を得てから、
「もうこれ以上お前の魔力は使わないからな。以後何もしなくてもよいからそれ以上縮むな!」
と宣言・命令するのはどうでしょうか。
 財産は地位や名声などを自然に引っ張ってくるし、ラファエルは元来能力がある人間なので、最初のとっかかりだけを魔力に頼って、後は自分の力で生きて行くという選択です。
 はたして魔法のあら皮は、この願いを聞き入れてくれるのでしょうか。
 そもそも考えてみれば、あら皮が骨董屋にあったということは、以前の持ち主がこの方法で成功してそれ以上縮まずに残っていた、ということもあり得るのです。
 
 或いは、
「今後願いをかなえてもこれ以上縮むな!」
という願いをする、という方法もあります。
 魔力VS魔力
ともいえる方法です。中国の故事の「矛盾」を思わせる方法です。
 果たして魔法のあら皮は、こんな願いも聞き入れてくれるのでしょうか。
 或いは、禁則事項というか、あら皮自身に関する願いは例外的にかなえられないようになっているのでしょうか。
 
 あと、検索していて見つけたのですが、かなわない夢を願う、という方法も考えられます。
   
「すべての文学作品を読みたい」という願いは決して叶えられることはないので、その意味で護符が縮みきってしまうこともないはず。」
  http://www.tufs.ac.jp/research/people/hakata_kaoru.html
 
 なるほど、これは面白い方法です。
 なお、上に上げた部分には、文学者らしく以下の文が続いています。
 
「ですが、縮む皮の比喩は、人間の持てるエネルギーは限られていて、使っただけ減っていくという考えも表しています。小説を読みながらも、そして読みたい小説をすべて読み尽くすことができなくても、人生は減ってゆくわけです。ただ、読書は自分の存在を拡大してくれるように思います。文学・芸術作品には、個人の皮を突き抜けて、別の時空、別の人生と共鳴させてくれるような力があるからです。」
 
 ここでは縮む皮について「人間の持てるエネルギー」の比喩だ、と述べられています。
 今回読んだ本の佐藤正彰さんによる解説にも、以下のように書かれています。

 あら皮はなにを意味するか、またこの哲学的幻想的小説で作者はなにをいおうとするか、いろいろの解釈もあるようですが、ここでは原作のむずかしい議論は省かれていますから、単におとぎ話とか幻想小説として読んでよいでしょう。

 
 なるほどおとぎ話として読んで、残念だったね、でも面白かったね、で終わらすこともできます。しかし、このあら皮の意味するところは何なのか、深く考えていくこともできます。それが文学論とでもいうのでしょうか。
 先行する研究でどういう指摘がされているか興味あるところです。
  
 そして、バルザックの作品で、この魔法のあら皮を有効に使ってくれそうな人物を描いた作品が同時収録されていました。
 

┏━━━━━━━━━━━━┓
┃◎ いなか医者   ┃
┗━━━━━━━━━━━━┛

 これは文学作品には珍しく、ハッピーエンドで終わる作品です。
 伝染病に苦しむ田舎の村の惨状を見かねた医師が見かねて村の立て直しをはかり、村長になって私財を投じながら村に産業を興し、少しづつ良くして行くというストーリー。
 はじめは村の有力者や村人達からも疑われ、反対運動が起こり、命を狙われたことまでありましたがそれにあきらめず、一歩一歩進んでいきます。
 
 もしこの村長さんの前にあの骨董屋が現れ、魔法のあら皮を提示されれば、どう答えるでしょうか。
 
「私にはそんなものは必要ない」
と断るかもしれません。
   
「○○が欲しい」
と個別に願いを立てれば寿命も縮まりますが、
「村をよくしたい」
と漠然とした願いを立てれば、上でフランス文学の先生が指摘されているように、あら皮も縮まず、寿命が縮まることもないのかもしれません。
 
 或いは、最初の方で紹介した正直な老夫婦のように、手に入れても結局使うことなく終わるかもしれません。
 
「私には魔力なんか必要なかったよ」
とジュヌタス少佐に言っていそうです。
 
 或いは考えたたくもない結末ですが、文学小説のジンクスから、人間が堕落してしまう結末もあり得ます。
 村長医師の理性VS文学のジンクス・悲劇的結末 といったところでしょうか。
 
 さて、もし我々が何でもかなう魔法のツールを手に入れた時、何を願うか。
 それは「宝くじで○○万円当たるとどうするか」
に通じるものがあります。
 しかし宝くじなんか絶対に買わない私には宝くじが当たる可能性は全くないのですが。
 
 しかし何でもかなう魔法のツールは、実は誰もが持っているものなのかもしれません。
 
 あら皮 〔欲望の哲学〕 (バルザック「人間喜劇」セレクション(全13巻・別巻二) 10)

 【http://meloh.net/e/rvwfg.html
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 あと、バルザックの『みみずく党』についても書きました。
 
■[名作文学]バルザック『みみずく党』
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20080410/p1
 
wikipedia:オノレ・ド・バルザック
 
バルザックホームページ(日本バルザック研究会)  http://133.12.17.160/~balzac/
 
バルザック文芸博物館オフィシャルサイト
 http://www.france-acces.com/chateau/sache/index.html
世界の古典つまみ食い 人物再登場がおもしろいバルザック
  http://www.geocities.jp/hgonzaemon/intro_balzac_intro.html
 




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◆少年少女世界の名作文学21(名作文学50巻版)フランス編3(1966年)
  ◇いなか医者  オノレ・ド・バルザック原作
     和田傳(訳) 后藤有一(文) 佐藤照雄(絵)
  ◇あら皮  オノレ・ド・バルザック原作
     山内義雄(訳) 后藤有一(文) 佐藤照雄(絵)
  
◆カラー名作 少年少女世界の文学12(文学30巻版)(1970年)
  ◇みみずく党  オノレ・ド・バルザック原作
     藤原一生(文)  中村英夫(絵)
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