OLDIES 三丁目のブログ

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【百年読書会】深沢七郎『楢山節考』 今後再び人類が直面する現実か

百年読書会 (朝日新書)
  
 さる新聞の日曜読書欄で開催中の【百年読書会】、5月のテーマは深沢七郎楢山節考』である。
『斜陽』もそうだったが、子どもからお年寄りまで一家団欒で読める人畜無害な作品というより、少々アダルトでブラックな選定ではないか?
 結構クセのあるテーマ選びだと思いながらも読んでみた。
 
 私が子どもの頃は子ども向けの絵本だとか読み物集だとかで、「うばすて山」に関するむかし話やとんち話は定番のお話だった。小学校の道徳の時間だとかで見ていたNHK教育テレビのお話番組でも放送されていたんではなかろうか?
 幼い頃とんち話を集めた本を買ってもらったことがあり、彦一さんや吉四六さんやしゅじゅどんなどのとんち話が色々載っていたが、確か最後に載ってたのがこの「うばすて山」の話だった。今にして思えばとんち話集にしては結構シリアスで毛並みの違う作品が最後に来たラインアップに驚く。
 当時は「またこの話か。何度も読んでこの話知ってるわい」と、何だか損したような気分だったが、今でも覚えているのはこの話だけだったりする。
 それほどまでに、当時子ども時代を送った世代にとって、うばすて山のむかし話は知ってて当然という、一般的教養なのであった。
  
 このうばすて山のお話は、「お年寄りの知恵は貴重」「お年寄りを大切にしないといけない」という、道徳的・ヒューマニズム精神を背景に語られるのが暗黙の了解であった。
 だからこの『楢山節考』も、道徳やヒューマニズムの精神に満ちた感動的作品なんだと思っていたのであるが、今回初めて読んでみて、思っていたイメージと違っていて驚いた。アマゾンの書評を読んで、どうやら一筋縄ではいきそうにない作品のようだと覚悟していたのだが、やはりそうだった。アマゾンの書評は結構的確な指標となる。
  
 楢山節考 (新潮文庫)

読書感想文の書き方 楢山節考
  xn--qfusdt7mdub355g.com/article/44924088.html(リンク切れ)
そのあたり、いわゆる「この小説を読んで悲しい物語だと思いました」とか「老人を山に捨てることはよくないことだと思います」などという感想を書くようでは高得点はみこめないだろう。

 本作品に関して色々な方が書かれているが、長くはない短編小説なのに、非常に密度が濃い。
 村はどんな環境でどんな家庭があってどんな人が住んでいるのか、どのような掟があるのか、どのような歌が歌われているのか、こと細かく書き込まれていて、実在の村のレポートのようになっていて、この村をよく知っているような気にさせられる。この村の出来事や住人についてもっと知りたくなってくる。連作作品のようにして、同時代の他の住人の物語や、時代を異にした村の歴史だとかもっと読みたくなる。
 この舞台設定は今でもSFやファンタジーやミステリーやホラーの舞台として使えるのではないだろうか。
 
 さて、本作品では色々なテーマについて考えさせられるが、まず考えたいのは、「嫁・姑関係」「祖母・息子・孫関係」である。
 
【嫁・姑関係】
 この物語はいつ頃の話だろうか。わざと時代を特定して書かずにいつの時代にも普遍的な問題だと問題提起しているのだろうか。
 本作品を読む限り、嫁・姑関係については、激しい敵対関係はない。おりんと玉やんは非常に友好的な関係である。
華岡青洲の妻』では嫁入り後には嫁入り前と一転して激しい敵対関係が描かれているが、本作品ではそのようなことはなく、嫁入り前も後も友好関係が続いていた。

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 華岡青洲の妻 (新潮文庫)
  
 また、おりんの孫・けさ吉となりゆきでうやむやに同居するようになっていた松やんは大飯食らいで仕事ができず、空気も読めないとんでもない悪嫁であった。封建時代の家制度では姑からいびられても仕方ないくらいの悪嫁であるが、特にひどい扱いも受けずに偉そうに居候している。
 過酷な環境で食糧が不足して姥捨てもせざるを得ない環境では、嫁・姑が敵対する余裕もなく一致団結する他ないということなんだろうか。
 
【祖母・息子・孫】
 友好的な嫁・姑関係に対して、孫が関わってくると緊張をはらんでくる。
 おりんが山へ行くことに関して悩んでいる息子の辰平に対し、おりんの孫・けさ吉は早く山へ行けと催促したり、おりんが年不相応に歯が丈夫なことをからかったりする。また、気の弱い父親を馬鹿にして自分が一家の長であるかのような態度をとったりする。本当に生意気で憎々しい奴である。
 しかも女に手が早く、まだ20にもなっていないというのにもう池の前の松やんをはらませて家に居候させたりしている。どうも長男らしくない長男である。
 
 長男は親や祖父や祖母から手をかけてかわいがられ、ということは反面監視や干渉が強いという欠点もある。私の場合、後者の欠点が異常に強くてがんじがらめに縛られて心理面の重圧に耐え切れなかったという被害妄想があり、社会に対しても異性に対してもひ弱で消極的になってしまった。長男は損だと思うのは被害妄想なんだろうか?
 
 ともかく、祖父や祖母が山へ行くことに対しての孫としての態度について、この村では、けさ吉の態度は一般的なものだったのだろうか?それとも、けさ吉が例外的な存在なのだろうか?
  
【村人は対等なのか】
 嫁・姑関係は対等のようであるし、家父長の権限もそう強くないそうであるし、そう言えば、村には長だとか村長だとか指導者的立場の人間がいないことに気付いた。
 村を描いた小説やドラマや映画などには長だとか村長だとか大王だとかいう立場の者がよく描かれている。それは、財や武力を背景としていたり、或いは薬師だとか神に仕える者だとか、知識や宗教を背景としたりしている。
 原始共産制社会から階級が生まれていくのは人類必然のことかと思っていたが、この物語に描かれているところでは、指導者的立場の者がいなくても掟だとか祭りだとかが的確に行われている。
 これだけ食糧が不足して過酷な村では差が付きようがなく、全員対等で力を合わせてやっていかないといけないということか。
 もちろんこれは小説の話で、現実の人間社会ではどうなっていくのかは分からないのであるが。
  
  
……ということで書いた決定稿は、以下である。

 本作品を読むまでは、残酷な掟に対して、人格者や人権思想に目覚めた人が異を唱えることはないのだろうかと思っていたのであるが、読んでみると、この状況ではそれはあり得ないのではと思えてくる。とはいえ、おりんの孫のけさ吉のような我が強い者が村の掟に反旗を翻すようなことがあるかもしれない。厳しい掟に異を唱えるのは、理性ではなく利己主義なのか?
 生活が豊かになり文明化していくと姥捨ての風習もなくなってくるだろう。文明開化に伴なってこの村がどう変化していくか、その後の展開を考えるのも面白い。
 しかし本作品で描かれた、生きるための厳しい掟社会は決して過ぎ去った過去のものではなく、今後人類が再び直面することになる現実なのかもしれない。
 科学技術による豊かな社会と民主主義思想を手に入れて衣食足りた人類、文明人と言われる我々は再び食糧危機やエネルギー危機に直面した際、どのような行動を選択するのだろうか?

 けさ吉がその立場になった時、どう行動するか興味がある。
 父親の辰平を山に連れて行くことは行うにしても、自分がおとなしく山に行くかどうか。
 おりん譲りの丈夫な体と歯を持っているだろうから、70を超えてもまだまだ若い者には負けんだろう。利己主義なけさ吉のこと、堂々と掟破りを敢行するかもしれない。その時に追随する者がいるか、それともやはり多数派の意見に押し切られるか。果たしてどのようなドラマが演じられることになるのだろうか。
 
 科学技術が発達して食糧増産が可能となり、社会が豊かになってくると姥捨ての習慣もなくなっていくだろう。
 人権思想・民主主義も生存の欲求が満たされてから言えることなんだろう。
 科学技術の発展は人類の生存の欲求を満たし、人権思想や民主主義をもたらした(もちろん、地球上にはその恩恵を受けられない地域の人々が大勢いるが)。
 
 20世紀後半、日本からは『楢山節考』に描かれるような風習は、お話の中だけのようなものになっていた。
 ところが21世紀を迎えた今、それに逆行するような潮流も生まれつつある。
 
 一つは、格差社会の拡大。
 そしてもう一つは、環境の悪化・食糧不足・水不足時代の到来である。
 科学と民主主義を手に入れた人類、文明人と言われる我々がどのような社会を選ぶのか。
楢山節考』で描かれた、村人の困窮する生活・生きるための厳しい掟社会は決して過ぎ去った過去のものではなく、今後人類が否応なく再び直面せざるを得ない現実なのかもしれない。
(もちろんそのような状況になれば私は生き延びるバイタリティも気力もない。さっさとあきらめて山に行くつもりである。)
 
 常日頃死について考えている私にとって、非常に身近に感じられる小説だった。そして、潔い。理想的な死である。私も何かあった時はこのように潔く死にたいものである。
 
wikipedia:楢山節考

wikipedia:深沢七郎


松岡正剛の千夜千冊『楢山節考深沢七郎
  http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0393.html

深沢七郎の部屋〈死ぬまで達者〉−深沢七郎楢山節考』を巡って−
  http://fkoktts.hp.infoseek.co.jp/fukazawa_sinumade.html
  
↓映画化は2回されているようである。今村昌平版は、原作とは違った意味で考えさせる内容になっているようだ。
  楢山節考 [DVD]  楢山節考 [DVD]

Human Dra Mania 映画評 楢山節考
  http://www.humandramania.com/imamura/narayama.html
Variety Japan | FILM SEARCH - 楢山節考(1983)
  http://search.varietyjapan.com/moviedb/cinema_17308.html
 
百年読書会 記事一覧(公式サイト)http://book.asahi.com/hyakunen/
  ↑TBできたらいいのに!
  
★読書会というからには、色々な人がこの作品をどう読んだか知りたい。
 ということで以下、百年読書会関連記事にリンク&TBさせて頂きます。
  
私の読書遍歴 楢山節考 深沢七郎(著)
  http://thebookofbooks.blog35.fc2.com/blog-entry-27.html
ほん☆たす 楢山節考 :書評
  http://hontasu.blog49.fc2.com/blog-entry-181.html
雑感、あるいは駄文 『楢山節考深沢七郎
  http://blog.goo.ne.jp/qwer0987/e/79900251c16db326f55405679fffbadd
ビール片手に 楢山節考 深沢七郎
  http://plaza.rakuten.co.jp/googoro/diary/200709260000/ 
ガムザッティの感動おすそわけブログ 「楢山節考」@百年読書会
  http://plaza.rakuten.co.jp/gamzatti/diary/200905080000/
  
You Can Fly 「楢山節考」 深沢七郎
  http://ameblo.jp/yashima1505/entry-10248598047.html
home*town 楢山節考
  http://home-town.tea-nifty.com/blog/2009/04/post-09ef.html
立方体のピエロ 楢山節考
  http://ameblo.jp/km-lm-lm/entry-10251251279.html
 
  
  
【百年読書会】関連過去ログ
■[名作文学]“百年読書会”始まる 4月は太宰治『斜陽』
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20090405/p1
■[名作文学]“1億総斜陽族時代”たる現代日本にて『斜陽』を読む
  http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20090329/p1
  
  
wikipedia:嶋中事件
 一九六一年冬「風流夢譚」事件 (平凡社ライブラリー (158))  一九六一年冬「風流夢譚」事件 (平凡社ライブラリー (158))
    




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