(うたをつないで 大岡信とことばの力)
— 三丁目の書生(20世紀少年少女SFクラブ) (@aryamashoukai) 2025年5月24日
「雪ふりつむ。」、人は自然と歩む 蜂飼耳
https://t.co/0R1BC0agqr
>太郎と次郎は、子どもだろう。兄弟かどうかは、わからない。
↑
小学校の国語の教科書で読んだ時、私は、
太郎と次郎は兄弟で、並んで寝ていると思った。
今でもそれは変わらない。
(うたをつないで 大岡信とことばの力)
「雪ふりつむ。」、人は自然と歩む 蜂飼耳
https://www.asahi.com/articles/DA3S16143423.html
>太郎と次郎は、子どもだろう。兄弟かどうかは、わからない。
↑
小学校の国語の教科書で読んだ時、私は、
太郎と次郎は兄弟で、並んで寝ているんだと思った。
今でもそれは変わらない。
三好達治の短い詩「雪」は、小学校の国語の教科書に載っていた。
私がこれを読んだ時、太郎と次郎は兄弟で、並んで寝ているんだと思った。
国語の授業で、先生が
「この詩を絵にしてみましょう」
と言った。
私は思った通り、二人が並んで寝ている家に雪が降っている絵を描こうと思った。
しかし誰かが
「二人いるんやから家は二つかかんとあかん」
と言って、大勢の子が
「そうや、そうや」
と同意した。
それで二人が別の家の子どもという解釈もあるのかと気付いた。
当時の私は現在の私と違って多数派に流されやすい性格だったから、別々の家に雪が降っている絵を描いてしまった。
後で発表すると、多くの子が家を二軒描いていたように思う。家を一軒だけ描いていた子がいたかどうか覚えていないし全員の絵を見たかどうかも覚えていない。
しかしこのことは、私の解釈を多数派の意見に流されてしまった情けない事件としてよく覚えている。
私は、家の屋根は太郎の屋根でもあり次郎の屋根でもあり父母や爺さん婆さんなど家系の流れ全員のものでもあると解釈した。
しかし検索すると、色々な解釈があると知った。
あえてわざわざ「屋根は別々のもの」と強調する説もあった。
しかし私の解釈では「屋根は同じもの」と強調したい。
こんな短い詩でわざわざ別の家の太郎と次郎を登場させる意味はない!二人は兄弟だと考えるのが自然なんだよ……!
……という解釈は家父長制的で古い家族観なのでしょうか?
こんな短い詩でも色々な解釈ができるものだ。
世界に誤解や紛争が絶えないのも仕方ないのかもしれない。
三好達治の詩「雪」―太郎を眠らせ、太郎の屋根に
https://note.com/yojiroo/n/n53f0cbba85e0
風花未来ブログ
太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪ふりつむ~三好達治の詩「雪」より
https://kazahanamirai.com/tarouwonemurase.html
『三四郎』な人生論
再連載『三四郎』についてつぶやいた
https://sanshirou.seesaa.net/article/406356932.html
三丁目の書生 の日々の覚え書き
『三四郎』読書会1
https://yorodzu.seesaa.net/article/406309459.html
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この事件についてはここでも書いてました
オオカミの色は……?
https://diletanto.hateblo.jp/entry/20051123/p1
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これも私の子ども時代の情けない性格を表す事件
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