OLDIES 三丁目のブログ

森羅万象・魑魅魍魎を楽しみ・考える不定期連載ウェブログです。本日ものんびり開店休業中。

乾ルカ【龍神の子どもたち】から考える「自己責任」と「助け合い」


 田舎の町に開発計画が持ち上がり、ニュータウンができて新住人がやって来る。
 自給自足だった元の住人と会社で働くニュータウンの新住人との間で対立が起こる。
 同じ中学に通う子ども達も元住人側とニュータウン側に分かれていがみ合います。
 時代に合わせて生活習慣が変わるのは分かりますが、一気に変わるわけではありません。だから古い習慣を維持する人と新しい習慣の人の間にトラブルが起こるのでしょう。これは農作が始まった頃から人類が繰り返してきたことなのかもしれません。
 本作品でも自給自足の地元の人とニュータウンの新住人との間に対立が起こります。
 しかし時代の流れはニュータウン側なので地元組に分が悪い。
 本作品の子ども達も、元来地元組は人数が少ない上に、ニュータウンの会社に土地を売った家の子はニュータウン側に与しているし、雑貨屋はニュータウンにできたスーパーに負けて突然引っ越ししてしまうし、そもそも主人公の幸男は地元の中心の家の息子なのになぜかニュータウン側にくっついてしまうし。
 私は心情的に開発反対というタイプだし、元来判官びいきで分が悪い方に味方したくなるタイプなので(何しろはぐれ国際軍団を応援していたくらいだから)この主人公の言動にはむかつきます。
 子ども達にも色々タイプがあって、地元組にもニュータウン組にも智者(頭脳)タイプがいます(桐人と秀明)。第一印象的にこの二人は気が合うところがあったのか、相当気にしていたようです。本来ならこの二人の交流がきっかけになって二グループが融合すれば良かったのですが、逆にこの二人をきっかけにして二グループの対立が表面化してしまいました。まあそうでないと小説にならないから仕方ない経緯です。
 それで夏休みに自由参加の林間学校があり、地元組とニュータウン組の主要メンバーが参加します。
 その時に急に暴風雨と地震が来て乱開発の影響もあり山崩れが発生。引率の大人が死に、9人の子ども達のサバイバル登山が始まります。


 この時に真っ先に全員をまとめたのは智者(頭脳)タイプの二人でした。
 彼らはその後の行動指針を決定し、食糧や水は全員で分け与えるようにし、荷物も分担して持って出発します。その後は全員一丸になって自分の役割を果たしながら助け合って行動していきます。

 林間学校に参加した中で紅一点、緑さんがいます。彼女も積極的に発言してサバイバル登山に協力しました。
 しかし無事生還してからの記述で、彼女の記述はありませんでした。その後どうなったのでしょうか。サバイバル仲間の誰かと特に親密になって恋人関係が成立したのかもしれません。しかしそんなことは話の重要点ではないので、あえて記述しなかったのでしょう。そもそもこの話は誰が一番貢献したかというものではなくて、みんなが自分なりに助け合ったという点が重要なのです。もしここで紅一点の緑さんが誰かと恋人関係になったとしたら、その誰かが勝者ということになるので良くないのでしょう。
……と、非モテでやきもち焼きの私がカップル成立を否定するような意見を主張しています。
(もし緑さんが選ぶなら、俺が俺がタイプではなく、滑ってひんしゅくを買いながらもエンターティナーに徹している上級生だと思うのですが)
 
 アマゾンのレビューで『十五少年漂流記』を例に挙げている方がいました。こういう時に全員協力して危機に対処するのは物語の王道ですね。
 しかし本作品を読んでいる最中に参議院選挙があり、その選挙では
「日本人ファースト」
を主張する極右政党が大躍進しました。
 最近の日本では
「自己責任」
という態度が受けています。
「病人」
「年寄り」
生活保護
「外国人」
は切り捨てろ!というような主張が堂々と主張され、支持されるようになってきました。
 だから選挙でも「弱者保護」を主張する政党はじり貧になり、「弱者切り捨て」を主張する政党が躍進しています。
 それは本作品のテーマと真逆な精神です。
 本作品でいがみ合っていたはずの子ども達が生き残るために取った行動は、「自己責任」ではなく「助け合い・協力」でした。
「食糧や水を持ってない奴は自己責任や!」
と言って分けることをしなかったら、誰かが死んでいてもおかしくありません。
 例えば地元グループとニュータウングループの2つに分かれてサバイバルしようとしてもうまくいかなかったでしょう。
 サバイバルに大きな貢献を果たしたのは智者(頭脳)タイプの二人が立てた計画でしたが、これも二人が協力したからこそ可能だったのであって、別々にいたらうまくいかなかったでしょう。
 一旦方針が決まったら協力して皆がそれぞれ自分のできる能力を発揮して助け合います。いつも受けない手品をやって馬鹿にされている上級生が初めて受けて空気を変えるシーンがあったりします。
 であるからしてやはり小説の王道は建て前として「自己責任」ではなく「助け合い・協力」なのです。
 もちろん例外的に『蠅の王』『バトルロワイアル』のような作品がありますが、それはあくまで例外的な存在であり、目標とするべきではない悪い例という扱いのはずです。一般的に子ども達が見る読み物やTV番組は「助け合い・協力」が大事だという建て前が貫かれているはず、というかそうあるべきなのではないでしょうか。
 児童文学に限らず音楽や映画など芸術作品全般にしろ学問にしろ一応「助け合い・調和・平和主義」が建て前となっています。ベートーヴェンピカソの作品は典型的です。ノーベル賞も平和賞に象徴されるように人類愛の立場に立っていて、決して「自己責任」の立場ではありません。
 ところが現在の政治は、そういう建て前を切り捨て、「自己責任」が受けるようになってきています。
 今回の参院選でも某極右政党が外国人排除の主張をしたら聴衆に受けたということで、他の党も追随していきました。
 排外的な主張が受けるということになれば、今後子ども達や一般人を対象とする作品も排外的な作品が増えていくのでしょうか?
(今回の参院選でも、日本のラッパーに排外主義を支持する奴が多いと言われていました。)

 本作品では一応、子ども達は生還してから地元組もニュータウン組も仲良くなったようです。しかし大人の方は和解して一件落着という風にはならなかったようです。
 大人の世界は色々と背負うものが多いのでなかなかうまく行かないのでしょうね。
 果たして今後日本人は、そして人類はどうなっていくのでしょうか?


ブクログ
  https://booklog.jp/item/1/439663594X
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読書メーター
  https://bookmeter.com/books/16729711
  https://bookmeter.com/books/21659015
  https://bookmeter.com/books/21708628

[wikipedia:乾ルカ]

著者インタビュー
龍神の子どもたち」乾ルカ
  https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/book/281795


極右政党躍進前日に三木清の記事を読んでつぶやいた
  https://diletanto.hateblo.jp/entry/2025/07/19/090024

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  https://raymiyatake09.hatenablog.com/entry/2025/07/22/001325

十五少年漂流記
  https://diletanto.hateblo.jp/entry/20080831/p1


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