世界推理小説大系〈第2〉E.ガボリオ (1964年)
永井郁(訳) 東都書房 240頁
1964年6月30日第1刷
ガボリオのルコック探偵について検索していたら、このような本が出てきました。
忘れられた存在になりつつある、数少ない日本でのルコック探偵翻訳作品史の中でも特に存在感の薄い版だと思います。
何しろ、松村喜雄さんの ルコック探偵 (1979年) (旺文社文庫) の解説で
「「ルコック探偵」のような名作が、昭和4年に翻訳されてから現在の50年、なんら改訳の手段がとられずうずもれていた事実こそ、探偵小説界の痛恨事ではなかったかと、筆者はひそかに考えている次第である。」
「筆者は本訳によって、日本で始めてガボリオの作品が正しい姿で紹介されたと自負している。」
と、存在自体がなかったことになっているくらいですから。
それで、ちょっと調べてみました。
発行は、1964年6月30日。240ページ。
収録作品は、『ルコック探偵』1作のみ。
奥付に簡単な訳者紹介があります。
永井郁
茨城県に生まる
高女卒業後、フランス、ギリシャ等に永い
海外生活をおくった
ドーデ、ヴェルヌ等の作品の翻訳あり
評論家佐々木基一氏夫人である
検索してみますと、佐々木基一はウィキペディアやはてなキーワードに項目があり、佐々木・永井共訳の著書も何冊か出てきます。
永井郁さんはミステリー界の方というより、ドーデやヴェルヌ等、文学畑の方のようです。
後にミステリー界の方々から忘れられたような存在になっているのも、その辺りに原因があるのかも知れません。
【佐々木基一】
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BD%90%E3%80%85%E6%9C%A8%E5%9F%BA%E4%B8%80
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%BA%B4%A1%B9%CC%DA%B4%F0%B0%EC
本の方は、何と小さい字で3段組みです。
最近は2段組みの本すら見ることが少なくなってきていますが、その2段組みを上回る3段組み! 私などは辞書辞典以外の本で3段組みを見るのはこれ以前にほとんど記憶がありません。
それで、挿し絵もなく235ページずっと、3段組みの活字・活字のページが延々と続きます。
昔の方はこんな本を読みこなしていたのですね。
ただ、1行当たりの文字数が少ないのは読みやすい点です。
旺文社文庫版と比べてみると、字は確かに小さくて1ページ当たりの文字数も多いのですが、1行が短いので意外と読みやすい。
1行当たりの文字数が多いとかなり読みにくくなります。
最近は段組みのレイアウトの本が少なくなってきていますが、読みやすさという観点から見直されてもいいと思います。
翻訳についてですが、冒頭の部分を見比べると、旺文社文庫の松村訳版には記されていない細かい状況説明や風景描写などが永井版にはあります。
永井版の方が完全版に近いのだと思われます。
これはどういうことかというと、松村訳版は、圧縮版を底本としているのです。
旺文社文庫の訳者解説から引用します。
「本テキストは、一冊本に圧縮された流布本だが、次の理由によりこれを使用することにした。
近年フランスにおいて、大衆小説のリバイバルの風潮が高まったことから、1978年、ガルニエ社よりルコック探偵初版本の翻刻二冊本が発売された。
この完全版と本書とを校合した結果、分量の点においてかなりの開きがある。
しかし今日の小説作法から見れば、筋に関係のない冗長な部分が多く、本書は作品全体から見れば、じつに巧みに刈り込みの手を入れた圧縮版であり、冗長な部分を削除した本書の方が読者に対して適切だと考えられるのである。」
少し読み比べると、さすが永井郁氏は文学畑の方というだけあって、訳文が滑らかです。
文学畑の方が訳されたミステリーの古典。隠れた名訳というところでしょうか。
この東都書房版、巻末に中島河太郎の解説が掲載されています。
「現在の推理小説の読者では、ガボリオの作品とは縁がないかもしれない。
戦後この分野では全集、叢書の類がしばしば試みられたにも拘らず、ガボリオを加えた例は稀である。
翻訳権の問題が解決する以前に、「苦楽探偵叢書」というたった一冊で中絶したシリーズに、「ルルージュ事件」が刊行されたことがある。
これも戦中戦後しばらくの翻訳物の空白時代に、余儀なく採りあげられた傾きが強い。」
ルコックシリーズの二部構成について
「事件の推理という論理的な興味と、読者の感情に訴える人生劇とに完全に分離されてしまっていることは、ガボリオの作風の欠陥として、従来言い尽くされてきたことである。
「フランス新聞小説の制約を全面的には脱しきれなかったところに、当時の好評声価に対して、今日あまりにも顧られない原因がある。」
「近代推理小説の読者にとっては、登場人物に関係した事件とは傍系の物語を綿々と語られるのは、はなはだ迷惑なのである。
その点、「オルシヴァルの犯罪」は、比較的短く、挿入された話しも長びかず、彼の作中ではこれを推す人が多い。」
1876年の『パティニョールの小男』については、
「純粋の推理小説へ近づいている作品で、ガボリオがもっと長命であったら、推理とメロドラマの分離という彼の作風からの脱皮ははかられたことと思われる。」
そして最後に
「近代推理小説の夜が明けるまでには、もう少し待たねばならなかったのである。」
と締めくくられています。
なかなか読みでがある5ページの解説です。
先に指摘したように、レイアウト的にも1行当たりの文字数が少ない3段組みの方が読みやすく、すっと読んでいけます。
これから『ルコック探偵』の全訳に挑戦しよう、という方がいらっしゃいましたら、この永井郁版を探してみてはどうでしょうか。
世界推理小説大系〈第2〉E.ガボリオ (1964年)
ルコック探偵 (1979年) (旺文社文庫)
■[名作文学]ルコック探偵 河畔の悲劇(オルシヴァルの犯罪)
http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20111221/p1
■[名作文学]ルコック探偵尾行命令(ネタばれ注意!)
http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20120106/p1
(参考資料)
むらぎものロココ ガボリオを忘れるな
http://blog.goo.ne.jp/muragimo/e/80ba5c5b4a13805a0d13d6c277ef82ef
東都書房 世界推理小説大系(全24巻)
http://members.jcom.home.ne.jp/anamon/mokuroku-novelo%5Ekaigai3.htm
http://homepage1.nifty.com/ta/0ta/toto/suiri_ta.htm
http://ameqlist.com/0ta/toto/suiri_ta.htm
http://www.aga-search.com/zensyu6-1.html
苦楽探偵叢書については、以下のページで説明及びリストの記述があります。
江戸川乱歩データベース 苦楽探偵叢書
http://www.e-net.or.jp/user/stako/ED2/E09-08.html
海外ミステリ総合データベース ミスダス
翻訳ミステリ総目録
http://www.ne.jp/asahi/mystery/data/WD/PB/PB_032.html
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