●さんしょう魚戦争
チャペック作
森いたる/文 金森達/絵
【あらすじ】
真珠採取船の船長バン・トッホは赤道直下のタナマサ島で、真珠を取る不思議な山椒魚を発見します!
この山椒魚達を仕付け、仲良くなった船長は彼らを商売にすることを思い付きました!
郷里の幼友達であり今は大企業の社長となったボンディと組んで会社を設立し、山椒魚は驚くべきスピードで普及していき、社会を変革していくのでした!!
そして、知識を発達し増え続けた山椒魚達はついに人類に対して反乱を始めたのです!!
山椒魚がせめてきたぞっ!!果たして、人類VS山椒魚の戦争はどのような結末を迎えるのでありましょうか!!!
カレル・チャペックは有名ですが、子ども向けの紹介も結構されていました。私の小学校の図書室にも『長い長いお医者さんの話』は入っていたし、岩波少年文庫にも収録されていました。
2000年代に入ってからは「チャペック童話絵本シリーズ」というシリーズも出ているようです。
チャペックには他に『ロボット』という有名な戯曲があります。
しかし『山椒魚戦争』は大人向けの風刺的な作品です。
子ども向けの名作全集にこの作品を収録するとは、かなり挑戦的な試みだと思います。
実際、読んでみると、かなり難しい。登場人物が色々と入れ替わる群像劇のような構成です。舞台もテーマも次々に入れ替わります。
私は『ロボット』は以前読んだことあります。この作品の舞台は一室のみで進行するので非常に分かりやすかった。『山椒魚戦争』はそれと反対で、物語が拡散しまくっています。
ウィキペディアに『山椒魚戦争』の項目があります。この作品のあらすじや構成について的確に解説されています。ネタバレが気にならないのならこの項目を読んどけば本作品を読んだことなくても読んだ気になれます。
「章ごとに場所も登場人物も大きく変わる群像劇。多角的、博物学的に全体の事象を捉える視点があり、新聞記事の切り抜きを貼り合わせて構成された章まである。」
そういう構成だったのか!そうと知っていればそのつもりで読んでいたのに。
真っ暗闇でよく分からない状態で読むより、構成についてあらかじめ知っていると読みやすくなるものです。
映画『2001年宇宙の旅』も、初めて見た時は何がなんやら分かりませんでした。
しかし片山杜秀さんがラジオ番組『クラシックの迷宮』でこの作品の解説をしているのを聞いて、そういう意味だったのかと分かりました。
片山さんの解説というと、マーラーの『交響曲第三番』の進化論的解釈も面白かった。
このように、先に分かりやすい解釈法を知っておくと分かりやすく鑑賞できるものです。
とはいえ、他人の解釈を知るより先に自分で読んで、まず自分で考える方が勉強になるのではないでしょうか。それ以後の読解力はその方が上がるのではないでしょうか。いわゆる、ネタバレ禁止的な読書法です。
本作品を小学生の段階で読んだ子ども達はいきなり山から谷へ突き落とされたようなものですが、一体どんな感想を持ったのでしょうか?今の小学生が読めばどうなんでしょうか?
ちなみに私は中学1年か2年の頃、創元推理文庫版で読みました。よくこんなの読んだものです。ほとんど理解できず忘れていましたが、山椒魚代表に人間の代理人が来るところと、最後の作者の対話だけ覚えていました。
それでは簡単に本作品の構造を述べます。
第1部 アンドリアス・ショイフツェリ では、山椒魚時代の幼年期についてゆっくりと記述されています。
第2部 文明の階段を登る では、ポオンドラ氏が集めた記事の紹介です。
山椒魚が普及して社会を変えていく過程は大変革です。人間生活のあらゆる分野に影響します。
よってチャペックは社会の変革について詳細に設定し、記述しています。
山椒魚達の生物学的研究から経済学・法律学的な問題まで、色々と書き込まれています。
物語の進行とはあまり関係ない部分なのですが、こういった細かな設定はマニア的には興味深いものです。
そして 第3部 山椒魚戦争 で、今まで丁寧にゆっくりと記述されてきた状況が一気に変化し、大激動となります。
1920年『R.U.R.』 チャペック30歳の時
1935年『山椒魚戦争』 チャペック45歳の時
密室劇だった『R.U.R.』と比べて『山椒魚戦争』は場所も話題も広がりがあります。
これは著者自身の成長や問題意識の深まり、それに時代に対する危機感といったものが反映しているのではないでしょうか。
時代背景といえば、本作品執筆は第二次世界大戦直前の頃です。ウィキペディアにも記述がありますが、創元推理文庫版の「訳者あとがき」でも書かれています。
また、日本に関する記述も何度か登場します。当時は日本も国際的地位を上げようと挑戦中だったのです。
例えば、
「山椒魚学者の報告を引用した日本の小野下博士は、学会からボイコットをうけて、切腹した」
という記述があります。
知能を上げた山椒魚は学問の世界でも成果を上げつつあったが保守的な学会は認めなかった。そこを日本人の学者が評価したという文脈なのだから今の視点から見ると多様性を認めて良い行為です。
しかし切腹とはすごい。日本でも切腹なんて一部の軍人しかやらない行為で、学者が行うとはすごいことです。当時のヨーロッパ人にとって日本のイメージはこうだったのでしょう。
「エスペラント語がいいという者、ラテン語にすべきだというもの、マライ語がおぼえやすかろうというもの」(森いたる訳)
「改革学校ではエスペラント語を教えた」(松谷健二訳:創元推理文庫版)
ウィキペディアには第2部について
「実在する著名人のコメントが差しはさまれたり」の例として
「指揮者のアルトゥーロ・トスカニーニ、文学者のジョージ・バーナード・ショー、哲学者のクルト・フーバー、ヘンリー・ボンド、女優のメイ・ウエストなど。」
が挙げられています。
私は後の三人は知らないのですが、最初の二人は(名前だけは)知っています。
私は森いたる版に引き続いて2週間ほどかけて創元推理文庫版を読みました。
しかし読解力がなかったのか、トスカニーニもショーも登場した記憶がありません。
ただ、第三部でドイツの軍事力に警告を発するフランスのジャーナリストのマルキ・ド・サド氏が登場することには気付きました。
創元推理文庫版(私が所持しているのはまだ創元SF文庫と改名する前に購入したものです)の訳者・松谷健二氏は訳者あとがきで、底本はドイツ語版によると書かれています。
また、樹下節氏訳の角川書店版に教えられること大だったと謝意を表明されています。
樹下版はロシア語版が底本だそうです。
この二つの版を比べると、各々省略されている部分があるそうです。
この違いは各国語の訳し方の違いかもしれないし、チェコ語の原本の版の違いかもしれないと推測されています。
もしかしてドイツ語版ではトスカニーニやショーは省略されていたのかもしれません。私は読み返して確認する気力がないので、どなたか確認お願いします。
ところで、山椒魚は海にいるのでしょうか。
私は井伏鱒二『山椒魚』も海の中の話なんだと漠然とイメージしていたのですが、よく考えると、山椒魚は川に住む生き物です。
よって、本作品に登場する山椒魚は実在の生物ではありません。
そもそも山椒魚が二本足で歩いたり言葉を発したりすることはあり得ません。
小学館少年少女世界の名作の「読書ノート」で東京・八成小学校校長・粕谷多さんは「二年生までのみなさんへ」で書かれています。
「この物語では、このほんものの「さんしょう魚」がでてくるのではありませんね。チャペックさんという作者が考えた「さんしょう魚」です」
私は信じやすい性格で、ノストラダムスの大予言など不吉な予言を信じてしまう傾向があります。うっかりすると山椒魚の人類侵略も信じかねないところがあります。科学的に考えることは大切ですね。これは自戒するべきところです。
ということで、当時本書を読んだ子ども達にとって豊かな読書体験になったことでしょう。もちろん、私のように大人になってから読むのも意義ある読書体験だと思います。大人でもどんどん児童書を読んでいきましょう!
森いたる版は、膨大な原作を構造を変えることなくうまく縮約していました。原作のミニチュア版になっていたと思います。ただ、最後の著者によるその後の展開の進行会議のシーンは思い切り削られていました。子どもにはこういうメタな構造は難しいという判断でしょうか?
私が中学生の頃読んだ時はこの最後の著者が登場して今後のいきさつを考える議論のシーンは非常に面白いと思ったものです。それで結局他の部分は忘れてもこのラストのエピソードだけ覚えていたという。
しかし、編集上の都合とはいえ、チェコの国民的作家でナチスを批判したチャペック作品がドイツ編に収録されたのは皮肉なことです。東欧編で1巻にならないのなら「ドイツ編6&東欧編」という名目にしても良かったのではないでしょうか。
もし東欧編を作るとしたら、他にどんな作品が選ばれるでしょうか。そういう想像をするのも楽しいものです。
●ブクログ
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[wikipedia:カレル・チャペック]
[wikipedia:R.U.R.]
[wikipedia:サンショウウオ]
[wikipedia:オオサンショウウオ]
[wikipedia:山椒魚 (小説)]
山椒魚戦争 とは【ピクシブ百科事典】 #ピクシブ百科事典 #pixiv
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手塚治虫を楽しむ
手塚治虫とカレル・チャペック
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