第1回 http://www.servicemall.jp/sokudoku/BN/l/0116001.html から
第53回 http://www.servicemall.jp/sokudoku/BN/l/0116053.html まで
東京帝大医学部の外科教授・毛沼(けぬま)博士が変死。医科の学生が開催した、M高出身の者の懇親会から帰った夜であった。懇親会の席から家まで送って行った医学生・鵜澤憲一は参考人として警察の取調べを受ける。
それから1月たたない間に、法医学教授・笠神(かさがみ)博士とその夫人が自殺。
毛沼博士と笠神博士は郷里も同じで、幼い頃から席次を争い、恋愛まで争った因縁深き仲であった。
密室トリックに暗号解読の要素もある戦前の探偵小説。
物語の半分もいかないうちに暗号らしきものが出てきた時点で、大体の構図が分かってしまう。現実にそんな絵に描いたような偶然があり得るのか、と思えるような予想も当たっていた。推理小説に弱い私でも分かってしまうのだから、謎解きとしては初級レベルだろう。
この小説はむしろ、戦前の古き良き探偵小説の雰囲気を味わって楽しむべきだろう。
即ち、舞台は東京帝大の医学部である。大学進学率が低かった当時では、超エリートの世界である。
当然、医学生もエリートであり、物語の書き手の鵜澤憲一もエリート学生という自負があり、下宿屋のおかみや警察関係者からもそのように扱われている(ように思える)。
医学生の間で、同じ高校出身の者による懇親会というのが開かれているというのだから驚きである。当時はエリート階層に入るコースというのは限られていたということだろうか。だからこそ、毛沼博士と笠神博士のように、幼い頃からライバルという関係もありうる。
(とは申せ、格差社会が拡大しつつある現在、この状況に退化しつつあると思ってもいいのでは?これは社会の退化・悪化に他ならない)
ともかく、戦前の限られたエリート階層を舞台にした探偵小説であり、その雰囲気を味わって楽しめる短編である。(私は現実に進行しつつある格差拡大には否定的であるが、レトロ趣味というか、戦前のエリート階級の雰囲気は好きなのである。つまり、現実逃避が好きなのである。)
また、本作品は、医学界を舞台にしている。戦前の探偵小説は、医学や科学など、理系世界を舞台にしたものが結構あるように思える。
本作品の著者・甲賀三郎は農商務省の化学技官出身だというし、江戸川乱歩・甲賀三郎と並んで「戦前探偵小説界の3大巨星」と言われている大下宇陀児は、甲賀三郎の同僚だったというからやはり理系である。
甲賀三郎と探偵小説論争をしたという木々高太郎は医学者でもあった。
(木々高太郎は頭脳パンを提唱した方である
http://healthy.g.hatena.ne.jp/nazegaku/20070212
http://healthy.g.hatena.ne.jp/keyword/%e9%a0%ad%e8%84%b3%e3%83%91%e3%83%b3 )
戦前の探偵小説・空想科学小説の分野で忘れてはならない海野十三も空想科学小説を書いていたことから分かるように、理系の素養がある。
やはり「SFの先駆者」とも言われる小酒井不木も、医学博士で生理学の世界的権威と言われていたそうである。
このように日本の探偵小説は、当初から理系の素養を持った方々が活躍していた。
甲賀三郎 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%94%B2%E8%B3%80%E4%B8%89%E9%83%8E
大下宇陀児 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E4%B8%8B%E5%AE%87%E9%99%80%E5%85%90
木々高太郎 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%A8%E3%80%85%E9%AB%98%E5%A4%AA%E9%83%8E
海野十三 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E9%87%8E%E5%8D%81%E4%B8%89
小酒井不木 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%85%92%E4%BA%95%E4%B8%8D%E6%9C%A8
本作品『血液型殺人事件』も理系的要素が入っており、タイトルから分かるように、血液型が重要な要素となっている。
当時、血液型を決定する要素について「二対対等形質説(四遺伝単位説)」と「三遺伝単位説」との間で長年の論争に決着が着いて間もない頃のようで、笠神博士は血液型研究の第一人者ということである。
この両説は久しい論争の後に、後説が正しい事が、実験的に決定したといっていい。笠神博士は熱心な三遺伝単位説の支持者で、その為に涙ぐましいような努力を払われている。
この血液型について、事実の真相や暗号解読にも関係してくる。そんな偶然があり得るのか、というような真実が最後に明らかになる。こういった当時の最先端の科学的成果がトリックに絡んでくるというのが、戦前の探偵小説の面白さであろう。つまり、書き手も読み手もそんなことに関心がある知的素養の高い層だったということか?
また、血液型と性格についても少しだけ触れられている。
裏表のある毛沼博士は▲型とされ、とっつきにくいが根はいい笠神博士は●型ということになっている(血液型性格分類を偏見だ、人権問題だ、という意見もあるので、ここでは伏字にしておく)。当時からこんなことが言われていたんですね。
血液型 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E5%9E%8B
ABO式血液型 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/ABO%E5%BC%8F%E8%A1%80%E6%B6%B2%E5%9E%8B
血液型性格分類 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A1%80%E6%B6%B2%E5%9E%8B%E6%80%A7%E6%A0%BC%E5%88%86%E9%A1%9E
はてなダイアリー > キーワード > 血液型
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%b7%ec%b1%d5%b7%bf
↑リンクスコアが現在20しかない。
はてなダイアリーユーザーの間では、血液型に関する話題を嫌う方が多いということか?
はてな血液型同盟
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%a4%cf%a4%c6%a4%ca%b7%ec%b1%d5%b7%bf%c6%b1%cc%c1
さてこの小説について。
これほどまでに執念深く陰湿な性格を持ち、これほどひどい悪事を実行する人間がいるものか、と驚く。
こんなひどい悪人が良心の呵責もなくケロリとして社会生活を送る一方で、被害者の方は人生を台無しにされてしまう。やっとのことで復讐すると、良心の呵責に耐えられなくなり、あっけなく自殺してしまう。
こんなひどい話があるか、所詮探偵小説の中での架空の物語である、と納得しようと思っても、現実の世界でもこれと似たようなことがありそうな。嫌だ嫌だ。人間社会のドロドロからは逃避したいものである。
探偵小説とは結局、悪人が善人の人生を台無しにする物語を描いたものではなかろうか。
だからどうしても後味が悪くなることが多い。だから私は推理小説だとかミステリーだとか、『○○殺人事件』とかいうテレビドラマがあまり好きではないのである。しかし懐古趣味というか何というか、日本の戦前の探偵小説だとか海外の古典とされるミステリーは好きである。要するに現代が舞台になると生々しすぎて耐えられないのだが、古い時代の雰囲気が好きなのである。
結局、現代の現実社会の厳しさから逃避して古い時代の物語に浸っていたいのだ。
甲賀三郎探偵小説選 (論創ミステリ叢書)
日本ミステリー名作選 (お風呂で読む文庫 85)
日本探偵小説全集〈1〉黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集 (1984年) (創元推理文庫)
青空文庫 図書カード:No.43420 甲賀三郎『血液型殺人事件』
http://www.aozora.gr.jp/cards/000260/card43420.html
読書blog ― すいへいせん 「血液型殺人事件」
http://sky.ap.teacup.com/aozora365/120.html
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