さる新聞の日曜読書面で、4月から「百年読書会」なるコーナーが始まるという。
ナビゲーターとして重松清を迎え、時代を超えて読みつがれる名作を読者とともに毎月1冊ずつ読んでいくという。
その第一弾が太宰治『斜陽』ということで、投稿募集が始まっている。
「いまの時代に「斜陽」をどう読んだか、どう感じたかのコメントを400字以内でお寄せください」
なかなか面白そうな企画である。4月からの読書面に楽しみがまた一つ増えた。どんなコメントが寄せられるか楽しみである。
実は私は『斜陽』を読んだことないので、このコーナーを楽しむためにはやはり読んでおくことが必要だと思い、読んでみた。
400字を超えてしまったが、自分なりの投書用コメントも書いてみた。
ちょっと400字を超えてるので没原稿なのだが、一応私の書いたコメントは……後ほど掲載。
この没原稿コメントを書く前に考えたことなどをまず。
【私と太宰治・芥川龍之介】
思えば私は太宰治作品はほとんど読んだことない。
小学中学年の頃、父親からフォア文庫の『走れメロス』をもらって読んだのが最初の出会い。冒頭収録の『走れメロス』はなかなかよかったが、その後に収録されていた数編の短編は少し読んでつまらなく感じて放り出してしまった。やはり小学生には太宰作品は難しすぎるのではないだろうか。それどころか、フォア文庫にはこんな作品ばかり収録されてるんか、と思ってフォア文庫というレーベルのイメージも悪くしてしまった読書体験であった。
小学高学年になると『人間失格』を買ってきて読み始めたが、数ページでダウン。だから小学生には難しすぎるって。
この時の印象から太宰作品にはつまらない、暗い、といった悪印象が残り、あまり読もうという気はしなかった。
一方好きだったのは、芥川龍之介である。理性で行動を抑えて良識的に生きようというストイックな姿勢に共感する。死を前にして描かれたという『河童』『歯車』『蜃気楼』など、研ぎ澄まされた理性がビンビンと伝わってくるようである。
これに対して太宰作品は、理性によるブレーキが壊れて情動や本能といったアクセルを全開にして暴走しているようなイメージがある。
少し前、『人間失格』を読んだことがあり、そういった感をますます強くしたのだった。
■[速読読書]太宰治『人間失格』
http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20050521/p1
しかし太宰作品でもユーモアの感じられる作品があり、そのうちの何編かは読んでいた。『パンドラの匣』『正義と微笑』『ろまん燈籠』は大好きなのであった。
ろまん燈籠 (新潮文庫)
探求 太宰治―「パンドラの匣」のルーツ 木村庄助日誌
【弟・直治について】
戦争から帰ってきたというのに生活を助けようともせず家の金を持ち出して東京の悪友の所に行ったり、帰ってきたかと思えば酒びたりになったり。
私が一番嫌いなタイプの人間である。こんなタイプの人間が登場することが多いから太宰作品が嫌いなのである。
母親が悲しむから母親が亡くなってから自殺をしたということだが、働きもせず家の金を持ち出して放蕩三昧の方が余程恥ずかしいことである。生き恥をさらすくらいなら死んだ方がまし、というのが貴族のプライド・人間のプライドではないのか。
彼は自活するバイタリティがないことを悟り、自分を奮い立たせて民衆の友となり得るために麻薬や酒に溺れたのだった。この気持ちは分かる。
私自身も少々乱暴で馬鹿にならないと幅広い付き合いができないと思い込み、自分を見失った経験を持つ。その挙げ句に人生を棒に振り、今の転落生活がある。
直治の人生(や私の転落人生)から引き出せる教訓は、自分を偽っても何の解決にもならないということだろう。自分の本分を忘れずに少しづつ改善して自分を変えていくことである。
そして、人は人として生まれた以上、自分で生活して生きていかねばならないのである(もちろん、人には迷惑をかけずに)。
【語り手・かず子について】
弟・直治は文筆に関心を持って作家の上原に近づいていたりしていたが、実は姉のかず子こそ本当の文筆の才能を持っていたというオチ。
戦時の人手供出のためにヨイトマケをしたり、母親の世話をしたり、結構生活力を持った常識人かと思っていると、後半、暴走を見せる。
他に家庭教師の話とか老画家との結婚などいい話もあったのに、弟は姉の幸せな生活を信じていたというのに、何で破滅的な最悪の道を選ぶのか。
これが女性の幸せなのか、こんな結末を望む女性がいるのか疑問に思った。ある種の男にとって都合のいい女である。
太宰治の破滅的な生活や太宰治に魅かれた女性の心理状態が投影されているのかと思った。
ウィキペディアによると、太宰に近付いた太田静子がモデルとなっているようである。
wikipedia:太田静子
しかしこのような恋愛は私には分からない。
こんな小説ばかり読んでいると人間不信・恋愛不信になりそうである。太宰不信・文学不信・小説不信である。
【印象的なエピソードの積み重ね】
この作品はかず子の一人称語りの形式で書かれている。作品の本筋にかかわるエピソード以外にも日常生活の色々や回想場面など、色々なエピソードが次から次へと語られ、退屈させない。
コスチウムと空の色の対比の話やかず子のヨイトマケ時の回想、将校との不思議な出会い、青年と並んで湖のほとりを歩く夢、「更級日記の少女なのね」と言って別れた旧友の話……。こういったエピソード全てが意味があるようで面白い。
また、母親の診察に来た村の医師や東京から来た三宅先生の描写も興味深い。ちょっとずれたホラー的な登場人物が多い中、このお二人の登場場面は安心できる。
……ということで、私が書いた没原稿。
【百年読書会・没原稿】
蛇の呪いのホラー小説? 現代日本における「斜陽族」
没落していく貴族階級の一家を描いた作品。
父親が亡くなった時、枕元や庭の木に蛇がいたエピソードや、かず子が蛇の卵を焼いてから蛇が庭に現れ、不幸が続くようになったとか、病床の母親が庭に蛇がいる夢を見るとか、蛇に関する不気味な描写が印象深い。これは蛇の呪いを描いたホラー小説かと思いたくなる。
確かに登場する主要人物はどことなく常軌を外れたようなところがあって、ホラー小説的なのである。
文章には切れがあって読みやすく、印象的なエピソードの積み重ねで物語の展開もうまい。さすが太宰治の代表作ということで、息つくひまもない、という具合に一気に読ませる。しかし登場人物達の考え方や行動は到底賛成できない。
戦後日本は高度成長だとか世界で二番目の経済大国だとか一億総中流だとか、経済大国の生活を謳歌していた。世界的に見れば日本に生まれてきたこと自体が貴族的なことだったのである。
しかし現在、勝ち組の総取り政策により、ごく一部のボロ勝ち組と圧倒的多数のボロ負け組に選別される時代になってきた。
この小説で描かれた没落が他人事ではなく、現実味を帯びて大多数の一般庶民にふりかかってきているのである。
日本の大部分が「斜陽族」となりつつある今、どのように考え、行動するか。
そう考えるとこの小説で描かれていることは非常に現代的な意義を持っている。
【「百年読書会」テーマとして】
さて、素晴らしい企画の「百年読書会」であるが、その記念すべき第一弾に『斜陽』が選ばれたことは果たしてどうだったのだろうか?
私としては、何でよりによって記念すべき第一回にこの作品が、と疑問に思うのである。
一昔前まで「一億中流階級」と言われていた日本の庶民階級は、「一億総斜陽族」化しつつある。その点では今日的意義もあるだろう。
しかしここで描かれている人々の行動は、我々現代の斜陽族の行動の指針とはなり得ない。彼らの行動は小説としては成り立つが、実際に社会的生活を送る我々の行動としては成り立たないのである。
実際に社会的生活を送る我々が読むべき文学作品は、勇気を与え、行動の指針となるものであってほしい。
『斜陽』を読んでもあきらめの気分しか感じられない。
『ジャン・クリストフ』のように困難に負けず刻苦勉励して成功する作品や、それこそ『蟹工船』のように行動するような小説の方が意義あるように思う。
また、「悪書追放運動」だとか「純潔教育」「性教育弾圧」なんていかがわしい運動に与するつもりはないが、日曜読書面の企画ということで、読書好きの高校生などの目に触れることもあるのでは?高校時代に『斜陽』なんて、考えるだけでもゾッとする。
成長段階に応じて読むべき作品、読まなくていい作品というのはあるのではないか。他にも読むべき作品が多い中、わざわざ高校時代に『斜陽』『人間失格』を読むのはどうかと思うのだが。
太宰治の作品で選ぶなら、『パンドラの匣』『正義と微笑』など前向きな作品を選ぶ方が良かったのでは?これらの作品こそ、時代を超えて読みつがれる太宰治の名作ではないだろうか?折角のいい企画なのだから、こういった埋もれた名作を掘り出して世に広めてほしかった。
太宰治といえば条件反射的に『斜陽』『人間失格』というのではもったいない気がする。
検索してみると、『パンドラの匣』が映画化されるという。
公式サイト http://pandoranohako.com/
これに合わせてこの作品をテーマにしてほしかった。映画公開の暁にはぜひこの作品をテーマにしてほしいものである。
色々言っても4月からの百年読書会、楽しみである。私好みの作品がテーマになれば嬉しいのだが。
「百年読書会」リリース記事 http://book.asahi.com/special/TKY200903020144.html
ほん☆たす 斜陽:書評
http://hontasu.blog49.fc2.com/blog-entry-156.html
Something Better Begining 百年読書会
http://suiminsha.exblog.jp/10020978/
くにたち蟄居日記 「斜陽」 太宰治
http://blogs.yahoo.co.jp/khuntanaka2002/47138278.html
■[名作文学]“百年読書会”始まる 4月は太宰治『斜陽』
http://d.hatena.ne.jp/nazegaku/20090405/p1
百年読書会 記事一覧(公式サイト) http://book.asahi.com/hyakunen/
↑TBセンター的機能があればいいのに!
wikipedia:太宰治
wikipedia:斜陽
wikipedia:太宰治記念館 「斜陽館」
斜陽 http://www.age.ne.jp/x/matchy/syayou1.html
※この記事はメルマガ『少年少女世界の名作文学ブログ・速読み版』の第18号として書いたものです。
http://nazede.gozaru.jp/mmm.html
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※『斜陽』を読んだからか、うつ状態が再発して寝込んでしまった。
やはり私の神経にはこの方向の作品は良くない。
※何と『斜陽』も映画化するそうだ。その他にも3作品が。
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/entertainers/081229/tnr0812292111006-n1.htm
http://www.varietyjapan.com/news/movie_dom/2k1u7d00000i3zco.html
『斜陽』(5月公開)秋原正俊監督、佐藤江梨子主演
『ヴィヨンの妻 桜桃とタンポポ』(秋公開)根岸吉太郎監督、松たか子、浅野忠信主演
『パンドラの匣』(秋公開)冨永昌敬監督、染谷将太、川上未映子主演
『人間失格』
※私が愛読している『パンドラの匣』が太宰治存命中に映画化されていたようである。
太宰治が存命中に、映画化された作品が、あるそうですね。 ご存知の方、教えてく...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1224060097
看護婦の日記(1947) 監督: 吉村廉
http://movie.goo.ne.jp/movies/PMVWKPD26890/index.html
http://www.walkerplus.com/movie/kinejun/index.cgi?ctl=each&id=26890
【太宰治 生誕100年 新・太宰治】
全国の書店でフェア開催中! ……だそうです。
【生誕百年!太宰治映画化原作コレクション】
他社文庫数冊分の映画化原作をこの二冊に凝縮! ……だそうです。
【太宰治生誕100年 ちくまプリマー新書】
【太宰治作品 読みたくなったら】
主要作品をこの一冊で網羅! ……だそうです。
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